スピリチュアル

スピリチュアリズムを学んで機能不全家族親に対する考え方

機能不全家庭の親

機能不全の家庭で育つと、

親の怒りや悲しみの爆発をぶつけられたり、

親の愚痴の聞き役や、親の機嫌を取ることが日常であったり

夫婦不仲で、ストレスが溜まり当たり散らされたり、

片親の悪口を常に聞かされたり

家庭の中はどこよりもストレスが溜まる場所になります。

親=毒。

この親から離れられさえすれば楽になる

中学生からはいつもそういう思考でした。

スピリチュアリズムを学ぶまでの思い

スピリチュアリズムを学ぶまで

親にたいして、この親だから、この家庭だから

私は幸せになれなかった。苦労ばかりする

そう思っていました。

親の事件になりそうなほどの激しい喧嘩も

私の父はアルコール依存だったので、

お酒で問題を起こせば、警察に迎えに行ったこともありました。

みんな、親が子供の面倒を見てくれたりサポートしてくれたりするのに

どうして私は親の面倒を見ないといけないのだろう

子供の時だけじゃなくて、大人になっても

一生面倒見ないといけないんだと

心底辛くなりました。

親ガチャに失敗したとずっと思い続けていました

スピリチュアリズムを学び変わってきた心

スピリチュアリズムを学んでいくと

自分がこの世に生まれてきたのは、

学びのためであり、

その学びのために一番良い環境を自分で選んできていると知りました。

そして、親自身も不幸な境遇で、親の親

私の祖父母から、親として支えてもらったり、助けてもらったりするのではなく

自分たちは親なんだから、自分たちの面倒を見て当たり前

そういう親に育てられていました。

両親とも各自分の親の面倒を見るのに

仕事の休みを使っては用事を手伝っていました。

そして、お互いの両親のことは面倒見なノータッチと言っていたので

本当はとてもしんどかったんじゃないかなと思います。

私は幸いにも主人が親の面倒を見ないといけない時に

全力で助けてくれるので

その分、両親の時よりかは心強いのではないかと感じたりしています。

親ガチャでなく自分で選んできた

親ガチャだ、親ガチャだと何かのせいにしていましたが、

自分の学びのために今の両親を選んできたと学んだ時

そして、1年前に開けたアガスティアの葉に

5000年以上前にチャネリングで書かれている葉に

両親の名前が一字一句違わずに書いていたことは、

自分の中で、自分で決めてきた。

という部分に腹落ちするのにとても納得したことでした

親の元で学んだこと

親の元で学んだことは何だろうと思った時

人に頼りきらずに自分の力で人生を生きていくこと

そして人の心の痛みを知ること

何より、スピリチュアリズムを勉強するきっかけも

幼少期からの生きづらさで

そこからスピリチュアルな世界に入ったからこそ

自分の心が魂が踊るようなことを

していけているのだと思います

幼い頃から順風満帆に生きれば

スピリチュアルや神様なんて

信じないだろうし、

そのような世界に足を踏み入れることも

ないので

今世の学びの目的を達成するための勉強はしなかったと思います。

全てに意味があり、価値がある。

取ってつけたように思うのではなく

本当に心からそう思えたのです

両親に対し心境の変化

両親に対して、両親も大変だったし、

子育ての時は自分自身がいっぱいいっぱいで、そうするしかなかったんだなとか

自分が育てられたようにしてしまうから、悪気なくそう言うんだろうなとか

とても優しい気持ちが芽生えてきました。

そして両親に関わるときに

今までみたいに嫌悪感を抱かず、接することができるようになりました。

私が最適な学びをするために選んだ環境で誰のせいでもない。

親には残りの人生心穏やかに楽しく生きてほしいなと思いました。

全部自分で決めているから誰のせいにもできない

人生の決断は、結局のところ

全部自分で決めているのです。誰かに決められたとか自分は不幸な境遇だ

と思ってもそれは自分が何かを得るために選んだ環境だったりします。

ただ私もすぐにそう思えたわけではなく

何となくわかっていたけれど腹落ちするまで何年もかかりました。

辛いだけの境遇と思っていたのが無くなった

とても不思議な現象として、

私は不幸で辛いだけの境遇と思っていました。

ですが本当に不思議なことにそう思うことがなくなりました。

これが一番の自分の中の驚きです。

でもそう思えた時、何だか自分の中での幸せ度がとても上がったのです

もしかしたら自分が可哀想だとか不幸だと自分で暗示をかけていた分

それ足枷になっていたのかも知れません。

まとめ

機能不全家庭で育ち、自分のことを不幸な境遇だとずっとずっと思いこみ

生きてきました。でも霊能者になる訓練の中でスピリチュアリズムを学んでいく中で

自分の人生は自分で決めているんだ。

そしてそれがわかるような感じでアガスティアの葉を開く機会をいただいたり

時期がずれていたら、アガスティア1つの受け取り方も変わっていただろうなと思うくらい

最高のタイミングでした。

自分が学ぶために決めてきた場所だと思うと

不思議と感謝の気持ちさえ出てきて

そして全く自分が不遇だと思わなくなりました。

そう思うと辛かった傷のようなものも

癒えていくような優しい感覚に包まれました。

自分自身の暗示もとても強力だなと感じました。

人生経験したことは全てに意味があり価値がある

そう学んで

物事

を見る視点が本当に変わりました。

視点一つで人生の世界観が変わってしまう経験をしたので

忘れないうちにシェアしておきたくて

書き記しました。